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【第3回】「Research」は観光マーケティングのはじめの一歩 / 講師 後藤直哉
みなさん、こんにちは、株式会社mekesの後藤です。第3回となる今回の講義は、観光マーケティングを進めていくためのはじめの一歩となる「Research」について解説させていただきます。
「Research」の基本
「Research」すなわち「調査」と言われるものは、どのような手順で行うべきなのでしょうか。第1回、第2回の記事でも書いてきましたが、マーケティングの基本中の基本は、PDCAサイクルに基づいた目的と意図を明確にして進めるということに尽きます。
何も意図を持たず、ただ漠然と調査を行うと、例えば「20代の台湾人旅行者が増えた」や、「最近、旅行者の消費金額が増えてきた」といった分析や、あるいは「近くの〇〇という地域ではこのような事例で成功したようだ。私たちの地域でも取り入れてみよう」といった分析に終始することになります。皆さんもこのような報告をよく耳にするのではないでしょうか。
このこと自体悪いわけではありませんが、マーケティング的ではないといえます。少なくとも、観光マーケティング的にはこのような分析や報告はあってはならないといえるでしょう。では観光マーケティングらしく分析や報告を行うためにはどうしたらよいのでしょうか。
まず、調査を実施するためには、事前に必ず調査設計を行います。調査設計とは調査全体の構造を表すもので、調査全体の目的に対してどのような調査手法を用いて何を見出すのかを整理したものとなります。これは文字通り調査の設計図となるものです。
図1:「R-STP」について 観光マーケティングの基本プロセス

出所:筆者作成
調査設計を行うためには、まず全体像を把握することが必要です。
上図は調査プロセスの基本構成ですが、調査を開始するためには、まず初めに仮説の設定を行います。仮説は過去のデータや取り組みを基に例えば「中国の若年層にスノーアクティビティを訴求することで誘客が図れるのではないか」といったようなものになります。
仮説を設定した後、調査の目的、分析手法、必要な情報、調査手法を設定し、最後にトータル的な分析と結果を示すことになりますが、調査設計とは調査の目的から調査手法までを組み立てる作業になります。
ここで重要な考え方をひとつお伝えします。皆さんは「3C分析」という言葉は聞いたことがありますでしょうか。「3C」とは「Customer(市場・顧客)」、「Competitor(競合)」、「Company(自社)」の頭文字をとったもので、マーケティング環境分析の基本となるものです。
図表2:観光マーケティングにおける「3C分析」

出所:筆者作成
私が調査設計を行う際もこの「3C分析」を基本とします。もともとこの分析手法は企業に対するものですが、これを観光マーケティングに置き換えると、「Customer=来訪者」「Company=当該地域」「Competitor=他の地域」となります。調査設計を行う際の基本的な考え方になりますのでしっかりと覚えてください。
さて、調査設計が出来上がると、次に必要となるのは調査概要です。調査概要とは実際に実行に移せることが前提となりますので、「いつ」「どこで」「誰が」「誰に対して」「どの様に」「何を」「どのくらい」を整理したものとなります。よく耳にする「調査対象者」「サンプル数」と言われものは、上記の項目を言い換えたに過ぎません。調査手法ごとに調査概要を作成する必要がありますので、予算に合わせて具体的な内容を組み立てます。
図表3:調査概要の構成

出所:筆者作成
調査設計、調査概要が出来上がれば、「Research」作業の半分は終了したといっていいでしょう。そのぐらいこの作業は重要なものになります。
これらの事前準備が終了し、その後実査に移るわけですが、ここでは主な実査の目的と種類を皆さんにお伝えしておきます。調査設計を行う際の参考にしてください。
①「Customer」=相手を知るための調査手法
・「来訪者アンケート」
実際に当該地域に訪れている方に対するアンケート調査です。どこから来たのか、何を目的に来たのか、どのくらいの消費したのかなど、来訪者の実態を把握します。
・「市場調査」
まだあまり多くの旅行者が当該地域には訪れてはいないものの、これから伸びる可能性がある市場(国や地域)のニーズを知るための調査です。方法は色々とありますが、一般的なものとしては、「Webアンケート調査」「旅行会社ヒアリング調査」「現地メディア・旅行商品デスクリサーチ」などがあげられます。
②「Company」=私たちの「武器」を知るための調査手法
・「観光資源調査」
当該地域の観光関連事業者とのワークショップ形式による観光資源の洗い出しや、ランドオペレーター等とフィールドワークを行うことで観光資源を発掘する方法など、観光資源調査にも色々なやり方があります。しかし、絶対に忘れてはいけないのは、地域の方と一緒に調査を行うこと、このことだけは肝に銘じて観光資源調査を行ってください。
・「統計分析」
国や県が公表している観光統計は貴重なデータとなります。まず基本となるのは国が定期的に公表している「訪日外国人旅行者数統計(日本政府観光局)」「宿泊旅行統計調査(観光庁)」「訪日外国人消費動向調査(観光庁)」の3種類です。これに加えて各県で公表している観光統計や、さらに国土交通省による「FF-Data(訪日外国人流動データ)」なども活用するとより詳細に分析が可能です。
③「Competitor」=他の地域の動向を知るための調査手法
・「先進事例調査」
同じような規模の自治体で、先進的な取り組みを行っているような事例があれば、実際に現地へ出向き関係者のヒアリングを行います。これらの事例はそのまま当該地域でも活用するということではなく、現状を知るための事例として頭に入れておくべきです。事例集を「何か使えるアイデアはないか」と考えながら見ること自体否定はしませんが、あまりお勧めはしません。その理由は第6回の「Positioning」の回に詳しく説明します。
・「デスクリサーチ」
現地視察以外にも、国内事例だけではなく海外事例を把握するためにデスクリサーチを行います。また、論文関係も一通り確認することで、幅広く現状を認識することができるようになります。
観光マーケティング担当者的分析話法
さて、ここで改めて冒頭の会話を見直してみましょう。ここまでの内容を読んだ皆さんは「20代の台湾人旅行者が増えた」や、「最近、旅行者の消費金額が増えてきた」といった分析に違和感を覚えているのではないでしょうか。そうです、その違和感の正体は意図したことの検証がここに含まれていないからです。調査設計を行なわずに実査をした場合、このような分析や報告を行うことになってしまいます。
しっかりと調査設計が行われていた場合は、「中国、台湾の若年層向けに2泊3日のモデルコースを発信してきた結果、最近20代の台湾人旅行者が増えました。これは今回の施策の効果と考えるべきでしょう」や、「2018年の10-12月期における台湾人旅行者の個人消費額は前年対比110%でした。主な購買層は40代のファミリー層で、総消費額のうち最も割合が高かったのはスノーアクティビティでした。そのため、2019年の冬に向けて台湾40代ファミリー層向けに、さらに多くのスノーアクティビティを提供できるよう観光コンテンツ造成の施策を打ちましょう」といった報告となります。
また、先進地事例に関しては「私たちが想定しているターゲット層に対して、〇〇という地域では無料送迎サービスを展開して人気のようです。そこで、私たちの地域には人力車という地域文化がある。この文化を活かして、ターミナル駅から繫華街までの無料人力車送迎サービスを展開してみてはどうだろう」というようになります。
ここで重要なのは、すべてにおいて設計段階で目的と意図を持っているということです。そのため、上記のようにプロモーションの検証として来訪者の統計を分析したり、施策を策定する際の重要なデータとして活用したり、観光コンテンツを造成する際の参考データとして活用したりすることで、すべての調査に意味を見出しています。
目的と意図、そして意味を見出すための分析、それらを実行するための調査設計など、はじめの一歩を踏み出すために考えなくてはいけないことはたくさんありますが、だからこそ観光マーケティングは重要なのであって、決して勘や思い付きで始めてはいけないのです。観光マーケティングを学ぶ皆さんは、まずは意図を持った調査設計を行うことから始めて、調査結果に対して意味を見出すことを心掛けてください。
それでは第3回の講義はこれで終了します。次回は「Segmentation」についてです。
後藤直哉 Goto Naoya
株式会社makes代表取締役
法政大学 地域創造システム研究所 特任研究員
北海道出身。フリーのマーケティングプランナーとして独立後、2009年に株式会社makesを設立。地域における観光振興を目的とした各種プロジェクトやシティープロモーション事業など、外国人観光客を含む観光マーケティング・コンサルタントとして活動する。法政大学では、地域における観光推進組織の在り方に関する研究を行っている。