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新しい味にも臆することなく、日本に対する情報感度は驚くべき高さです / 【第3回】 謝 天傑
日本と台湾とをつなぐ架け橋として、日本に住み、活躍する各界の台湾人に、「台湾人が喜ぶ日本観光」について語っていただくインタビュー連載。第3回は、オーナーシェフとして東京・千歳烏山に「天天厨房」を構え、台湾料理をベースに日本の素材を融合させた料理を披露する、謝 天傑(シャ テンケツ)さんです。

謝 天傑 Xie Tian Jie
台湾チャイニーズ「天天厨房」オーナーシェフ
1980年、台湾基隆市生まれ。高雄市の調理師学校・高雄餐飲学院で中華・台湾料理、薬膳などを学び、台湾で広東料理店、日本式洋食店、懐石料理店、タイ料理店などに勤務。2004年に来日し、東京・誠心調理師学校で和食を専攻。卒業後には、青森・熱海・赤坂などの和食料亭で経験を積み、食材の大切さや丁寧な下ごしらえ、旬の感覚を学ぶ。オーナーシェフとして2013年に「天天厨房」をオープン。「季節の新鮮な素材を生かすこと」「食材本来の味・食感を大切にすること」「自然と身体にやさしい料理を作ること」をモットーに、台湾と日本料理両方の良さを融合させた料理を提供している。
日本の漫画に憧れて決断した「料理人」の人生
――既に台湾で料理人としてお勤めだった謝さんが、日本に来てさらに料理を学ぼうと考えたのはなぜですか?
謝 天傑(以下「謝」):僕が「料理人」という職業を意識したのは、子どもの頃に読んだ日本の料理漫画の影響もあるんです。『将太の寿司』(寺沢大介作)という漫画で、少年が寿司職人を目指して成長していくストーリーです。どんな困難にも決してくじけず、努力を続け、修業を重ね、最後には人に認められる一人前の職人になるという、その「修業」というプロセスにものすごく憧れたんですね。

台湾では、高雄の調理師学校で中華料理を専攻し、八大菜系(※)をひと通り学びました。卒業後には台湾の何軒かのレストランで働いていましたが、台北の店でとんかつやオムライスなどの日本の洋食に初めて出合いました。後に勤めた別の店では、日本で料理修業の経験がある先輩から和食の奥深さを聞かされ、日本の食への興味がますます高まりました。
※八大菜系…中華八大料理とも。山東料理、江蘇料理、浙江料理、安徽料理、福建料理、広東料理、湖南料理、四川料理を指す
――それで、まず日本語を学び、その後日本の料理専門学校へ進学なさったんですね。
謝:はい、24歳の時に来日しました。専門学校では和食専攻でした。テレビ番組「料理の鉄人」が人気を博すなど、日本と台湾は「料理人」に対する意識が違いますね。かつての台湾では、料理人というのは勉強ができない人が仕方なく就く職業というイメージが強かったんです。
日本各地を料理修業で訪れ、郷土料理や新たな食材に出合う
――以来15年間日本にお住まいですが、謝さんはどんなところへ旅行に行かれましたか?
謝:実は、遊びに行くための旅行というのはあまりなくて、ほとんどが料理修業としての滞在なんですよね。料理専門学校時代から、長期休暇には日本各地へ住み込みで料理を学びに行っていました。日本料理って、本当に奥が深いですよ。
――根っからの料理人なんですね。地方ならではの食材や料理に出会えたりもしたんでしょうか。
謝:青森県八戸市の割烹料理店で働いていた時には、海鮮すまし汁の郷土料理「いちご煮」や、南部せんべいを使った料理などを初めて知りました。それから、ホヤ!生まれて初めて見ました。衝撃的な見た目でしたが本当においしくて。今、自分の店の料理でも食材として取り入れています。

▲ウニとあわびのお吸い物、いちご煮は青森県八戸周辺の郷土料理
料理専門学校を卒業後、最初に勤務したのは熱海のお店でした。だから熱海は今でも本当に好きな場所です。海がばーっと広がっていて。海鮮は安くておいしいし、温泉もありますし。あとは江ノ島とか。最近だと、ジブリ映画『崖の下のポニョ』のモデル地ともいわれている瀬戸内海の鞆の浦(とものうら:広島県福山市)に行きました。

▲万葉集にも歌われ、古代から交易で栄えた港町である鞆の浦には、今でも古い町並みが残る
船で小さな島々へ渡ることもできるんですが、開発されすぎていない素朴な漁村なんです。ある意味「何もない」んですが、昔ながらの風情がそのまま残っているところがすてきでした。もちろん海鮮もおいしかったですし。
――謝さんは本当に海と海鮮がお好きなんですね。生まれ故郷の基隆(キールン)に近い感じだからということでしょうか?
謝:ああ、そうですね。基隆は台湾有数の港町で、海産物も豊富です。前は海、後ろには山が迫っていて。日本で暮らしていると、自分が育った所と似ている場所は心が安らぐのかもしれません。

▲台湾北部の基隆は、三方を山に囲まれ、港は今でも台湾の貿易の重要拠点となっている
日本の新商品・限定品への関心は高く、台湾中にすぐ知れわたる
――来日以来、台湾のご友人や親戚の日本旅行で変化を感じることはありますか?
謝:まず、LCC(格安航空会社)の登場で日本旅行がぐっと気軽なものになりましたね。何度も来ているわけなので、最近ではどんどん東京から離れたところに行く人が増えています。それから、昔は日本の商品の買い物をたくさん頼まれたものですが、最近は台湾でも買えるようになり、買い物の手伝いは減りました。
だからあえて僕に購入を頼んでくるのは、期間・地域限定の物や新商品です。僕は全然聞いたこともないような商品の情報を、台湾の友人たちはネットやテレビで知るようで、本当に詳しいなあと驚きます。最近頼まれたのは「わさビーズ」というものなんですけど。

▲田丸屋本店が2018年12月に発売した「わさビーズ」。日本では大きな話題となり、一時、入手困難に。わさび好きの台湾人のアンテナにも触れた
――ええ?何ですかそれは。
謝:わさびの液体が入った人工イクラのようなものなんですよ。イクラの軍艦巻きや刺身に添えて食べられるんです。そういう珍しい商品も、日本のテレビ番組で取り上げられたものは台湾でもすぐに流れますし、FacebookなどSNSを通じての拡散も早いです。
――そのほかに、頼まれたりすることはありますか。
謝:チケット予約ですね。例えば三鷹の森ジブリ美術館とか。ローソンか、JTB経由でしか買えない上に人気のチケットなので、日本旅行を決めたらまず「先に買っておいて!」と依頼されます。

▲三鷹の森ジブリ美術館は完全予約制・定員制で、毎月10日午前10時から、翌1ヵ月分を販売する
旅行先では、最近は日本のバスツアーに参加する友人が増えています。東京からの日帰りでもいろいろなコースがあって、楽しいそうです。
――それは、中国語対応のツアーなんですか?台湾人向けの?
謝:いえ、はとバスなどの普通の日本人向けツアーで、周りは全部日本人です。逆に、周りが台湾人だらけだったら、台湾人はつまらないと思います。やはり、現地の雰囲気が味わえるのがいいんですね。言葉がわからないことは一切気にしないそうです。今は翻訳アプリもありますし、そういうツールを駆使して周りの日本人とコミュニケーションをとり、日本により深く入り込んで楽しみたいということだと思います。好奇心の赴くままにぐいぐい旅を楽しみに行けるのは、根底に「日本は安全だ」という安心感があるおかげだと思います。
市場は見学だけでなく、味や買い物を体験したい
――謝さんが日本の旅行でおすすめしたいものは何でしょう。
謝:僕はやはり日本の食体験ができるものですね。だからまずは「寿司を食べてみて!」と言います。海鮮は生臭くて苦手だという人も、日本で寿司を食べるとおいしくて驚きますよ。素材の鮮度が違うんです。よく連れて行くのは築地の場外市場ですね。日本の食文化を体験したいなら場外に行けばいいと思っています。
――豊洲に移転する前の築地市場では、マグロの競りが見られる場内が外国人観光客に人気だったと聞きますが、そうではなく場外なんですか?
謝:場内は、実は台湾人の反応はあまり良くなかったんです。決められた場所でただ見るだけなので。マグロを扱う魚市場は台湾にもありますし、場内はプロ向けの場所なので、見に行ってもどこかこう、無理矢理お邪魔しているようで居心地が悪いというか……。移転後の豊洲市場にも個人的に行ってみましたが、やはり見学向きの場所ではないと感じました。それに比べて、場外市場はいろいろなものがあり、気軽に買うことができるから楽しいんですよ。

▲豊洲移転後の今も、10~14時は観光客でにぎわう築地場外市場。中国語や英語の看板を掲げる店も多い
今年夏には、台湾の調理師学校時代の先輩が、現役の学生たちを連れて来日しました。大阪の木津(卸売)市場に連れていって、通訳をしながらディープな大阪を紹介したところ、とても喜んでもらえました。

▲300年を超える歴史を持つ大阪木津卸売市場で、調理師学校の台湾人学生たちと記念撮影
ほかには、月島のもんじゃ焼きや、昔から好きな東京の下町・谷根千(谷中・根津・千駄木エリア)を案内することも多いです。和牛を食べたい台湾人も多いので、焼肉にも連れて行きます。おいしい海鮮が安く楽しめる新橋の海鮮居酒屋もおすすめです。日本は海鮮が安いですよね。台北のちゃんとしたレストランで海鮮料理を食べたら、日本よりはるかに高いです。

▲谷中銀座商店街の名所、「夕焼けだんだん」の愛称を持つ階段。ここから望む夕日が郷愁を誘うと、外国人にも人気
日本酒は台湾人にはまだ未知の世界。だからこそ知る喜びがある
――さらに、今後ご友人を連れて行きたいという場所はありますか?
謝:ええ、台湾人にぜひ知ってもらいたいのは日本酒の世界です。僕自身、日本に来てから日本酒の魅力に目覚めました。以来、時間があれば日本各地の酒蔵を巡る旅をしています。観光客向けに開放されているタイプの酒蔵を訪ねたり、自分が好きな銘柄の蔵元さんに偶然人脈がつながって、特別に見学させていただいたところもあります。

――台湾では、日本酒が楽しめる場所というのは少ないのでしょうか。
謝:最近は台北に「日本酒バー」のような店もできていますが、まだまだ少ないですね。僕はある時、日本酒の古酒に出会って、すっかり気に入ってしまいました。僕の店にもたくさん置いています。台湾料理を中心とした中華系ダイニングなので紹興酒を飲みたがる日本のお客さまが多いのですが、紹興酒に近い日本酒の古酒を合わせることもご提案しています。
――えっ、日本酒って紹興酒と近いんですか?
謝:ええ、材料は同じなんですよ、米麹と水ですから。紹興酒は最低3年以上熟成させてから出荷されるものですが、日本酒も熟成して古酒になってくると琥珀色に変化して、味わいが似てきます。ただ、日本酒の方が米をしっかり磨いて(精米して)使いますから、より雑味が少なくクリアな味わいになります。そして香りも高いです。

▲左:生ガキの五味ソースのせ。右:10月限定メニュー梅干菜扣肉(豚バラと台湾高菜の特製蒸し)。それぞれ日本酒の古酒と合わせると、素材の繊細な風味をより感じることができる。日本酒古酒と紹興酒の飲み比べセットもあり
――私も日本人なのに、台湾の方に日本の魅力を教えていただいてしまいましたね(笑)。
謝:僕の台湾の友人たちのほうがずっと日本に詳しいですけどね(笑)。僕は日本で暮らしていますから、仕事が忙しくてなかなか遊びに行く時間がとれないんですよ。友人たちが喜んで通う東京ディズニーランドも、むしろ最近になってから良さがわかってきた気がします。ストレスが多い大人こそ、ファンタジーの世界が癒やしになるんだなあと実感しました。
――中華・台湾料理、日本料理どれもに精通している謝さんだからこそ、台湾と日本が料理の中で出合い、調和するような気がします。
謝:僕は、味というのは一番壁がないものだと思っています。言葉は必要なくて、ただおいしいかどうかの世界です。だから、台湾の人にはもっと奥深い日本の食を楽しんでもらいたいと思います。
そして、日本に住む台湾人としては、食を通じて日本の皆さんに台湾を知ってもらうことが僕の使命だと考えています。僕が作る料理は台湾料理が中心ではあるのですが、食材や調味料には日本の素材を適材適所で取り入れています。これからも料理人として純粋に「おいしさ」を追究していきたいですね。そのせいで、台湾料理ではない麻婆豆腐(四川料理)が店の人気メニューになってしまったりもするんですが(笑)。

▲左:ダントツ人気の、特製麻婆豆腐。豆鼓と切り干し大根が隠し味。右:滋味深い季節の本格薬膳スープは、「気まぐれ」で提供するとか。
文・人物撮影 松浦優子
台湾チャイニーズ 天天厨房(てんてんちゅうぼう)
住所:東京都世田谷区粕谷4-18-7
電話:03-6754-6893
営業時間:18:00~23:00 (※21:30最終入店、22:00L.O.)
定休日:水曜、不定休
交通:京王線千歳烏山駅南口より徒歩7分[地図]