- shikiko7
【第4回】屏東県の片田舎に根付く日台の絆 / 講師 片倉佳史

▲年に一度の式典の際には日本からもお祝いにやってくるファンの姿も。途中下車して文庫を訪れる日本人旅行者も少なくないとか
台湾の南部、屏東県に竹田という町があります。人口2万足らずの小さな町ですが、ここに池上一郎博士文庫という図書室があります。今回はここを取り上げてみたいと思います。
この付近の鉄道はすでに高架化されており、竹田駅も近代的な装いになっていますが、傍らには日本統治時代の木造駅舎が残されており、行楽スポットとなっています。歴史建築の指定も受け、郷土文物を展示するスペースとして整備されています。観光地ではありませんが、木造駅舎の趣に惹かれた行楽客が記念撮影を目的に途中下車することも少なくはありません。
この木造駅舎の隣りに図書室があります。その名も「池上一郎博士文庫」。蔵書は大半が日本語書籍です。書庫は整理整頓が行き届いており、本が大切に扱われているのがわかります。
ここは戦時中、軍医として竹田に暮らしていた池上一郎氏を記念した図書室です。代表を務める劉 耀祖(リュウ ヤオズー)さんによると、池上氏は1943(昭和18)年にこの地に赴任し、実直な人柄で、人々に慕われていたそうです。敗戦によって引き揚げ、この地を去った池上氏ですが、人々は池上氏との思い出を胸に秘め、戦後の時代を生きてきました。
池上氏が竹田に暮らしたのはわずか2年足らずという短い時間です。しかも、戦時中ということもありますので、しっかりとこの地の文化を眺める余裕などはなかったはずです。それでも、池上氏はこの地に特別な思い入れを抱いていたようで、戦後、日本にやってきた台湾人留学生を支援したりするなど、台湾との繋がりは保たれてきました。
晩年、池上氏は自らの蔵書を竹田に寄贈しました。台湾には日本統治時代の教育を受け、現在も日本語を常用する人々がわずかながらいます。池上氏は彼らの知的好奇心に応えるべく、日本語による読書の機会を提供することを思いついたのです。
人々は池上氏に感謝し、図書室が設けられることになりました。行政の協力もあり、駅舎脇の木造家屋が整備され、2001年1月16日、池上氏の誕生日に合わせて、「池上一郎博士文庫」はオープンしました。現在、毎年1月には文庫の誕生日を祝う式典が催されています。来たる2020年は1月12日(日)に19周年記念式典が開かれます。
ここを訪れ、いつも感じさせられるのは向学心に燃えるご老人たちの姿です。皆さん80歳を超えていますが、知的好奇心に満ちた人々の表情は若々しく、本棚を物色する眼差しを見ていると、その勢いに圧倒されます。現在は日本各地から寄贈される書籍も多く、蔵書はすでに5千冊を超えているそうです。
日本を訪れる台湾からの旅行者の数は年々増え続けていますが、その根源の中に、こういった老年世代の存在があることは疑いありません。日本が台湾を統治した半世紀には様々な側面から学ぶ必要がありますが、こういった小さな「絆」の存在にも旅行者誘致と交流のヒントが隠れているように思えます。
片倉佳史 Katakura Yoshifumi
武蔵野大学客員教授
台湾在住作家
1969年、神奈川県生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、出版社勤務を経て、’97年に台湾へ渡る。台湾の地理、歴史、建築、文化、鉄道、現地事情などについての執筆・撮影のほか、年に40回ほど講演活動も行なう。『台北・歴史建築探訪~日本が遺した建築遺産を歩く』『古写真が語る台湾 日本統治時代の50年』『旅の指さし会話帳・台湾』ほか著書多数。最新刊の『台湾 旅人地図帳 ―台湾在住作家が手がけた究極の散策ガイド』(片倉佳史・片倉真理著)では、台北・高雄などの主要都市以外にも、まだ日本人には知られていない地方都市や離島など約80ものエリアやスポットを、写真とともにオールカラーで紹介する。
公式ウェブサイト「台湾特捜百貨店」:http://katakura.net/
ツイッターアカウント:https://twitter.com/katakura_nwo