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【第7回】受入環境整備の実践〜表示と地域連携〜 / 講師 新津研一
これまで「言語」「決済」「免税」「通信」をテーマに、訪日ゲストの受入環境整備について解説してきました。これらの取り組みを生かすための最後の重要なポイントが「表示」と「地域連携」です。
たとえ環境を整備したとしても、訪日ゲストに伝わらなければ意味がありません。また、あなたのお店だけが実践していても、周囲との連携ができていなければ大きな効果も期待できません。「表示」と「地域連携」によって環境整備の効果はより高まり、街全体の魅力向上や活性化にもつながります。
今回は最終回ということで、台湾に特化はしていませんが、今までを総括する「ショッピングツーリズムに対する姿勢」も述べてゆきます。少々概念的な話になりますが、ぜひインバウンド対策に取り組む際に心に留めてください。
環境整備を「表示」で伝える
外国語でのやりとりもできるようになり、クレジットカード決済の機械も導入し、免税店の申請も受理され、無料wi-fiが店には飛んでいる。これで訪日ゲストを招き入れる準備は整った!と安心はできません。最後の仕上げに、第3回でも少しふれましたが、これらの設備が整っていることを表すピクトグラムなどを用いて店頭に「表示」することが大切です。
旅行中に困ったこと(複数回答)

あなたが海外旅行に行った時、おいしそうなレストランが2軒並んでいたとします。一方の店頭には、なんの表示もありません。しかし隣のレストランには、クレジットカードのロゴマークが掲載され、「日本語メニューがあります」と表示されています。さて、言葉が通じず、お金が足りるかどうか心配なあなたは、どちらのレストランに入るでしょう。表示していないお店が少しおいしそうだったとしても、表示のあるレストランのドアを開けるのではないでしょうか。
訪日ゲストも同じように、店頭に表示してあるサインを手がかりにお店を選ぶ傾向があります。
ピクトグラム等を用いた多言語案内表示についての評価

これは店頭やレジの周辺だけとは限りません。あなたが開設しているお店のウエブサイトでも、多言語や決済の対応、免税やフリーWi-Fiといったサービス内容を告知することで、集客効果が期待できます。
訪日外国人旅行者に対するアンケート調査結果から得られたニーズ

つまり、対応するサービスの表示は、大きな販売促進効果を持っているといえます。
「地域連携」が大きな波及効果を生む
あなたのお店に魅力的な商品をそろえ、受入環境を整えたとしても、大きな誘客効果が得られない場合があります。
なぜなら、そのお店の周辺に「宿泊施設がない」「遊べる場所がない」「おいしいお店がない」となると、旅行者はそのエリアにわざわざ足を運ぼうとは思いにくく、町自体への来街客数が伸びないのです。1店舗だけが魅力的であっても、エリア全体に魅力がないと訪日ゲストのニーズは満たされないのです。
大切なのは、宿泊、エンタテインメント、飲食などとバラエティに富んださまざまな店が協力して、あなたのお店のある街に来てもらうことです。それぞれ特徴を持った事業者が一体となって情報を提供すれば、訪日ゲストの買い回りを促進して地域全体に経済効果をもたらします。旅行者にとっても満足度が高まり、より感動的な旅行体験となってリピーターや新たなゲストの獲得につながります。
「地域連携」の実践について
●組織づくり
ショッピングツーリズムを進めるにあたって、最も障壁となるのは「隣のお店はライバル」という意識です。
たしかに、特定のエリアで競争している限り、大型店と商店街、あなたのお店と他店はライバル関係にあるでしょう。しかし、インバウンドマーケットは成長著しく、大きなパイのある新たな市場です。訪日ゲストの誘客は、あなたのお店はもちろん競合店の売り上げも伸ばし、地域経済の底上げにつながるという意識を共有することが第一歩です。
同時に、小売業を地域の観光産業として協働していく意識づけも重要です。
そのためには、観光業や小売業が席を同じくしてディスカッションする場、基本的な知識を習得するセミナーなどの機会も必要です。行政機関や観光地域づくりを行う法人「DMO(※)」とも連携し、街の事業者をつないでいくことが実践にあたって必要な組織づくりだといえます。価値観の違うパートナーシップやコラボレーションは、新たな発想も生み出すことでしょう。ショッピングツーリズムは、そういった協業の核となって、地域連携を深めるハブになる役割を持っています。売上や雇用などの経済効果だけでなく、商店街やショッピングセンターを活用することで、下図のような効果を得ることができるのです。

※地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する「観光地経営」の視点に立った観光地域づくりの舵取り役として、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人。(観光庁の定義より)
●地域資源の発見と活用
美しい空、山、緑、そしてきれいな水、こういったものは素晴らしい地域資源です。そういった資源を訪日ゲストに楽しんでいただくにはどうしたらよいでしょうか。
あたなの街で作られる地酒や農産物などは、豊かな地域資源が「商品」という形に変わったものです。商品になることで訪日ゲストは買い物を楽しみ、母国に持ち帰ってあなたの街やお店をPRしていただくこともできます。地域の資源を発見し、商品化する開発もショッピングツーリズムのひとつです。
●プロモーション
観光案内所は訪日ゲストが街の情報を得る拠点となっていますが、全ての街に設置できるとは限りません。そういった街では、小売業のお店に観光案内所の役割を担っていただくことを考えてみてはどうでしょう。
駅前の小売店に地域の地図や、名産品・名所を案内したパネルやチラシを掲示・配布すれば、観光案内所の機能を果たすことができます。店頭のスペースを使って、イベントを開催したり、街歩きを楽しんだ訪日ゲストにお礼のノベルティをお渡ししたりするといったアイデアもあります。
●マーケティング
街を訪れた訪日客の動向を把握するのは容易ではなく、一部の観光施設への入場者数だけを頼りにしている自治体あります。
一方、小売店は豊富な定量的・定性的なデータを持っており、特に免罪店では来店者の国籍や人数、性別、年齢、消費額まで把握しています。特定の業種だけでは得られないデータと、それぞれの事業者の知見に基づくノウハウを掛け合わせることで、地域のマネージメント・マーケティングの基礎となる情報を整えることができます。
●訪日ゲストの案内・接遇
訪日ゲストの国籍を絞ることができれば、宗教、言語、ニーズ、経済状況などの特性が把握できます。ゲストに応じた受入環境を地域全体で整えれば、より効率良く充実したおもてなしが可能となります。
例えば、ロシアに近い新潟の駅前には、ロシア語で歓迎の看板が掲げられています。また、近隣のホテルに台湾人が多数宿泊されることがわかれば、店頭の表示も台湾語が適しているでしょう。さらに、街や商店街の随所で、「言語対応」「決済環境」「免税対応」「通信環境」の表示を徹底すれば、訪日ゲストは安心して街歩きを楽しめます。
街の商店街や飲食業のみなさん全員が、訪日ゲストを歓迎し、挨拶をするようになったら旅館や観光案内所などの観光業の方に加えて、多数の事業者が訪日ゲストに笑顔を提供することになります。素晴らしいと思いませんか?
ショッピングツーリズムに取り組む事業者が増えれば、あなたの街のおもてなしレベルも格段に飛躍します。このような環境を整えることで、小さな街であっても多くの訪日ゲストが訪れる可能性があります。
魅力あふれるお店・街を目指して、ぜひ地域ぐるみでショッピングツーリズムに取り組んでください!
構成 井上麻理子
新津研一 Niitsu Kenichi
一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会 代表理事・事務局長
株式会社USPジャパン代表取締役社長
観光立国推進協議会委員
日本百貨店協会インバウンド推進委員会アドバイザー
2020年オリンピック・パラリンピック大会に向けた多言語対応協議会委員 小売プロジェクトチーム議長
長長野県佐久市生まれ。大学卒業後、伊勢丹(現・三越伊勢丹)入社。売り場経験を経て17年間店舗運営から新規事業開発などを担当。2012年に独立し、USPジャパンを設立。「ショッピングツーリズム」の観点を、インバウンド誘致事業に活かすべく活動している。
ジャパンショッピングツーリズム協会:https://jsto.or.jp/
USPジャパン:https://www.usp.co.jp/