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【第4回】「こんにちは」から始める、私のインバウンド実践 / 講師 田熊力也
2019年1~10月の訪日外国人数は計2691万人と日本政府観光協会(JNTO)より発表されましたが、10年前の2009年はたった678万人ほどでした。私がインバウンド事業に関わったのは、そんな10年ほど前になります。本連載ではこれまで自治体や企業の取り組みをご紹介してきましたが、今回は私のインバウンド実践についてお話ししましょう。
有名選手に会いたくて、スキルもないのに「英語、話せます」と手を挙げたことがきっかけ
私は現在、インバウンドニュースサイト「訪日ラボ」のインバウンド研究室の室長として外国人がどのように日本に興味を持っているか、海外ではどのような観光施策がされているかなどを実体験をもとに様々な機関や企業向けに講演活動を行なっておりますが、昔から外国のことに興味があったわけでも、留学経験があったわけでも、また語学が堪能というわけでもありませんでした。たまたま入社した会社が海外専門の旅行会社で、仕事で海外に渡航する機会が増えて、さまざまな文化や風習を身近に感じ、吸収できたことが今に繋がっていると思っています。
その後、学生時代からアルバイトしていたビックカメラに正社員として転職することに……。昔から商品を売るのはバイト時代から大好きだったし、テレビやビデオの売り場担当から、総合的に家電を紹介するコンシェルジュも任されて、店舗勤務を楽しんでいました。
転機となったのが10年数年ほど前の出来事でした。
世界的に有名なサッカーチームの選手たちが閉店後にお忍びでお買物にくる、ついては英語通訳ができる販売員を募るとのお達しがありました。私はミーハー気分で、英語は片言なのにも関わらず、彼ら会いたさに「English Speaker」と名乗り出て、売り場に立つことになったんです。
“Tax Free”表示とSNSの活用で、インバウンドビジネスの先陣を切ったビックカメラ時代
このことがきっかけで、売り場に海外の方がいらっしゃると、自然と「外国人が来たら田熊を呼べ」と声がかかるようになりました。とはいえ当時の訪日外国人は前述のとおり700万人未満にすぎず、海外のお客様と接する機会は月1~2回程度だったので、なんとか身振り手振りで対応することができました。
それでも秋葉原の名前は“エレクトリックシティ”として世界にも認知されていましたし、売り上げも伸びつつありました。そこで外国人のお客様にも家電の需要が伸びて来たのを実感し、自ら企画を立ち上げたところ、それが採用され一人でインバウンド専門部署の立ち上げることとなりました。
最初に行ったのが来店した外国人へのアンケートでした。主たる質問は「なぜビックカメラに来たのか」。8割以上が「たまたま」という回答。ご存知のとおり、ビックカメラの多くは首都圏の駅の近くに店舗を構えていて、大きな看板がドーンとかかります。それが目印になって「なんとなく入ってみた」だけの目的のない来店でした。それは全国共通の結果でした。
過去の経験から、日本人が海外で買い物をする際には「Duty Free」という魔法の単語がありました。これは外国人にとっても大切な単語になるはずです。そこで駅前広告は余計なことは一切言わず、「Tax Free」の文字と店名をでかでかと掲出することにしたのです。ここでは税金を払う必要がない、というアピールです。街中で積極的に謳っているところはまだありませんでした。

▲ビックカメラ有楽町店では、「Tax Free」の文字がビルに大きく掲げられている
また、旅の動線を考えてホテルや空港にクーポンのついたチラシを置いてもらいました。そんななかでグンと来店者を増やしたのがSNSの活用です。なかでも台湾での反応がよく、その理由は人気ブロガーの方がフォローしていたようで、クーポンをFacebookにアップすると一気に広がったんです。これを月1回実施しただけで、免税品の売り上げは1ヵ月で1億円超に。しかも日々、成長する、ワクワクする市場を獲得したのです。
東京メトロとコラボレーションして乗車券を発売!大ヒットに
そして契機となったのが東京メトロとのお付き合いのスタートです。
外国人にとって、日本の交通機関は非常にハードルが高いものです。なので一日乗車券や周遊券の人気は高いのですが、いかんせん購入方法がわかりづらい。
私たち日本人は駅に行けば購入できることを知っていますが、各駅は外国語で“売ってます”というアナウンスはしていませんでしたし、問われても答えられる駅員さんがいませんでした。売るところは駅の数だけあり、人も来るのに、売れ行きはいまひとつ。
そこでビックカメラが「東京メトロの一日乗車券を売ります!」と手を挙げました。
これは売れました!乗車券目当てに開店前に多くの外国の方が並ぶほど。割引券をつけて、買い物への誘導も行いました。その後、このサービスは全国の店舗で展開することにもなる、まさにヒット商品となったのです。
Tax Free表示や乗車券の販売は、今ではいろいろなところが行っていて、検索すればずらっと名前が並びますが、当時はビックカメラの独占状態。そうした訪日外国人に向けてのビックカメラ独自のスタイルが確立するにしたがって売り上げも伸び、2013年の数億円から、
「爆買い」が流行語大賞となった2015年には数百億円とジャンプアップしました。
2015年「現代用語の基礎知識」選 ユーキャン新語・流行語大賞

訪日外国人も2013年に1000万人を超え、2015年には約1973万人と一気に増加。日本でインバウンドが日常になったのです。
インバウンドは「こんにちは」から始めよう
そしてビックカメラを退社後、中国のプロモーション会社を経て、2018年に「訪日ラボ」を運営する株式会社movに参画。企業や自治体へのコンサルティングを行う一方で、インバウンド対策の専門ニュースサイト「訪日ラボ」のインバウンド研究室の室長に就任しました。

▲訪日ラボでは、世界各国の観光客の特性やインバウンドの各種データ、ニュースが提供されている
私のインバウンド実践の成功例をお話ししましたが、ビックカメラ時代や中国時代はさまざまな甘言に乗せられて、まさにお金をドブに捨てたことも一度や二度ではありませんでしたし、成功しかかっていたプロジェクトを潰されて辛酸を舐めたこともあります。
そして今、いろいろな方に話をうかがっていると、私と同じように甘言に乗せられたり、辛酸を舐めた経験のある企業や自治体も多く、「もう、インバウンドはコリゴリ……」という感想をお持ちの方もいます。それでも来たる未来に向けて、動き続けることが大切です。
インバウンド事業が本格的な産業になって、まだ10年ほど。日本にとって、新しい「仕事」のカテゴリーです。手つかずのところは山のようにありますし、“Tax Free”のように“業界の当たり前”になるようなアイデアもたくさん眠っています。
ペンギンの群れは1羽が動き出すと、みんながそれに合わせて動き出します。大切なのは最初のペンギンになること。日本のインバウンド市場で、外国人の視点に立って世の中を見られるペンギンは、まだ多くはありません。チャンスはあります。
この連載では企業や自治体のインバウンド施策について話してきましたが、もっとも大切なインバウンド実践は、個人の方々が外国人に対して「こんにちは」と声をかけることです。
日本語でかまいません。むしろ日本語がいいのです。皆さんにも現地の人との何気ないけれど、忘れられない触れ合いの体験があると思います。そんな経験共有こそが、その国のファンを増やします。
一番小さなインバウンド実践、「こんにちは」から始めてみませんか?
構成 小泉庸子
田熊力也 Takuma Rikiya
株式会社mov(訪日ラボ)インバウンド研究室 室長
1977年、東京都渋谷区生まれ。海外専門旅行会社で勤務の後、大手家電量販店、ビックカメラに就職。2013年にインバウンド部署を立ち上げ、免税売上を2014年に約35億円、2015年には約400億円と伸ばした。その後、 百貨店や商業施設などのコンサルタントを経て、インバウンド対策の専門ニュースサイト、訪日ラボのインバウンド研究室の室長に就任。日本の観光活性化のために、インバウンド情報のさまざまな形での普及に努める。
訪日ラボ https://honichi.com/